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2025/12/26

近視・乱視は本当に変わらないのか?当館館長が感じた「見え方の変化」と目の可能性

近視と乱視は「一生変わらない」と思い込んでいた

私は、高校2年生の時以降、長年にわたり、近視・弱視と乱視を抱えて生活してきました。
眼鏡やコンタクトレンズを使っても、完全な矯正はできず、見えづらさは「そういうもの」として受け入れていたと思います。

特に、強度の不正乱視については周囲からも「体質だから仕方がない」「年齢とともに強くなることもある」「コンタクトレンズを使うしかない」と言われることが多く、視力0.01の右目は、自分の中でも「もう変わることはない」という前提ができあがっていました。

近視も乱視も、長年、数値で示され、数値で管理されるものです。
だからこそ、「右目の状態が変わるかもしれない」と考える余地すらなかったのです。

乱視による見えづらさが、日常に与えていた影響

右眼の乱視が強く出ていた昨年までは、日常生活には小さな違和感が常につきまとっていました。文字が、すでに視力が回復していた左目と乱視が強かった右目で、入り乱れ重なって見えることもありました。

ただ、その不便さは、意識さえしなければ、「我慢できないほど」ではありませんでした。
だからこそ、深刻に捉えることもなく、「近視や乱視がある人なら、これくらい普通だろう」と、自分の感覚を後回しにしていたのだと思います。正確には、右眼は、怠けている状態の感覚だったと考えております。

今振り返ると、その“当たり前”こそが、右目と向き合う機会を遠ざけていたのかもしれません。

近視や乱視を「数値」ではなく「目の状態」として捉える

左眼について、あらゆる回復方法を試行してきた私は、20年ほど前から視力の数値ではなく、「今、自分の目と心身がどんな状態にあるのか」に”意識”を向けるようになりました。

  • 無理にピントを合わせようとしないで、自分の心身を整えることを優先すること
  • 長時間、同じ距離を見続けないこと。眼も”動物”であることを”意識”すること
  • 目を使いすぎていると感じたら、きちんと休ませること。休ませる手法を様々取り入れること

こうした取り組みは、劇的な変化を求めるものではありません。
むしろ、「目と丁寧に付き合う」という姿勢に近いものだったと思います。

続ける中で感じ始めた、見え方の確かな変化

続けていくうちに、少しずつ変化を感じるようになりました。

最初に感じたのは、「乱視を気にする時間」が減っていることでした。
昔は、文字を読むたび、画面を見るたびに感じていた右眼の違和感が、いつの間にか気にならなくなっていたのです。60年ぶりの変化といっていいでしょう。
「よく見えるようになった」というより、「見えづらさに振り回されなくなった」という感覚に近いかもしれません。例をあげると、高齢者のフレイル(虚弱)傾向が、筋トレをすることで、正常に戻ったものと似ていると考えています。

この変化は、日常の中で静かに、しかし確実に積み重なっていきました。

眼科で告げられた角膜の変化と乱視の状態

左眼の乱視と近視が急速に回復してきた15年程前のことですが、定期的な眼科検査の際、医師から言われた言葉は意外なものでした。

「以前と比べて、角膜の状態がずいぶん落ち着いていますね」

詳しい専門知識はありませんが、以前は指摘されていた角膜表面の凹凸が、大幅に減少しているとのことでした。
その結果、左目の乱視はすでに、M9特許システムという影像検査上ほとんど気にならない状態になっていたのです。

自分が感じていた変化が、客観的な評価として示された瞬間でした。
と同時に、「眼科研究室等と連携したい!」「医学的に根拠づけしてほしい!」とも痛感したのです。
しかし、応じて頂ける眼科医や研究者は誰一人いませんでした。

乱視を太鼓にたとえて考えてみる

この体験を通して、私は乱視を「太鼓」にたとえて考えるようになりました。
太鼓の皮は、均等かつピンと張られていれば澄んだ音が出ます。

しかし、多少でもどこかにシワやたるみがあると、音は歪んでしまいます。

目も同じように、表面のバランスが崩れることで、光が異常に屈折して像がにじんだり、輪郭がぼやけたりするのではないか。
不正乱視とは、そうしたバランスの乱れが見え方に影響している状態なのかもしれません。

大切なのは、無理やり張り直すことではなく、心身全体の調和を取り戻していくこと。
この考え方は、私自身の体験とも深く重なっています。

近視・乱視と向き合うということ

近視や乱視に悩んでいると、「どうすれば良くなるのか」「早く何とかしたい」と考えてしまいがちです。

しかし、私の経験から言えるのは、目は急かせば変わるものではない、ということです。

自分の目の状態を知り、丁寧に向き合い、日々の中で”意識”を向け続ける。
それだけでも、見え方や感じ方に変化が生まれる可能性はあります。
自分の目にも、まだ可能性があると信じて、改善しようと意識し続けることこそが大切であると館長は信じています。私もすでに、傘寿を過ぎております。

もし今、近視や乱視に悩んでいる方がいるなら、「もう仕方がない」と結論づける前に、「自分の目は、今どんな状態なのか」と問いかけてみてほしいと思います。

私自身、この左目の回復、そして右目の乱視改善の体験を通して、目に対する考え方が大きく変わりました。

近視や乱視は、メガネやコンタクトレンズ、レーシック手術、ICLの装着などでただ矯正するだけのものではなく、向き合い方次第で感じ方が変わる存在なのかもしれません。

このコラムが、同じ悩みを抱える方にとって、目の可能性を考えるきっかけになれば幸いです。次回のコラムは、引き続き”乱視”をテーマにし、1年で劇的に右目の乱視が改善した方法とその背景について掲載します。お楽しみにしていてください。